大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和43年(行ツ)39号 判決

神奈川県茅ヶ崎市小和田三九三〇番地

上告人

秋元利三郎

右訴訟代理人弁護士

増本一彦

畑山穣

神奈川県藤沢市朝日町一丁目一一番地

被上告人

藤沢税務署長高橋宗

右指定代理人

貞家克己

鎌田泰輝

中村勲

高橋健吉

仲尾庄一

岩本親志

中川謙一

右当事者間の東京高等裁判所昭和四一年(行コ)第二九号異議申立棄却決定取消請求事件について、同裁判所が昭和四三年一月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。

よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

本件を横浜地方裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人増本一彦の上告理由について。

論旨は、要するに、本件訴えの利益を否定した原判決は、法令の解釈、適用を誤つたものである、というのである。

本件は、被上告人が上告人に対してした昭和三七年分所得税更正処分に対する上告人の異議申立てを棄却する旨の昭和三九年七月一一日付決定につき、理由附起に不備があると主張してその取消しを求める訴訟であるが、原審の確定するところによれば、上告人が右更正処分につき東京国税局長に対して異議申立てと同旨の不服事由をあげて審査請求をしたところ、同国税局長は、昭和四〇年一〇月八日付をもつて、右不服事由に対しかなり詳しい理由を附記して審査請求を棄却する旨の裁決をした、というのであり、原審は、右裁決の理由附記は法の要求を充たす程度のものと認められるとしている。

案ずるに、異議決定を経たのちの原処分に対して審査請求がされ、これに対して原処分を維持する裁決があり、これに適法な理由附記があつても、それによつて理由附記の不備を理由とする異議申立棄却決定の取消しを求める訴えの利益が失われるものではないと解すべきこと、及び、右の異議申立ては、一たんこれについて決定がされその取消訴訟が提起された場合には、その取消判決が確定した時当初の異議申立てからすでに三月を経過していても、昭和四五年法律第八号による改正前の国税通則法八〇条一項一号の規定により当然に審査請求に移行するものではないと解すべきことは、当裁判所判例(昭和四二年(行ツ)第七号同四九年七月一九日第二小法廷判決)の示すところである。

したがつて、本件異議棄却決定の取消しを求める訴えはなおその利益があるものというべく、これを否定した原判決は法律の解釈を誤つたものであり、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄すべく、また、本件訴えを利益なしとして却下した第一審判決も違法であるので、これを取り消し、本件を横浜地方裁判所に差し戻すのが相当である。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八八条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸盛一 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤森益三 裁判官 下田武三)

(昭和四三年行ツ第三九号 上告人 秋元利三郎)

上告代理人増本一彦の上告理由

第一、原判決の法令の解釈・適用の誤り、

一、原判決は、本件訴の利益がないとして、上告人が「本件異議申立棄却決定後、東京国税局長に対し異議申立と同旨の不服事由をあげて本件原処分につき審査請求をなし、同国税局長は審査請求を棄却する旨の裁決をしたのであつて、このことはとりもなおさす原処分を相当として異議申立を棄却した本件決定が実質的に右裁判により是認されたことを 示すものにほかならず、このように本件決定の結論が被上告人の上級機関である国税局長の裁判によつて是認された以上は、反証のないかぎり被上告人がした本件異議申立の審査は法が理由の附記により担保しようとした判断の慎重と公正という点においても欠けるところなかつたものと認められ、しかも上告人は右裁決の付記理由から本件決定の理由を推測できる」との判示理由を挙げている。

二、しかしながら、右判示は行政不服審査法四八条、四一条一項の解釈、適用を誤つた違法なものである。

国税通則法八七条一項は、本件原処分の如き更生、賦課決定などの国税に関する法律にもとづく処分については、異議申立てと審査請求という二段階の不服申立てを経なくてはこれらの処分の取消を訴求できないものと規定し、同法七五条は行政不服審査法の適用を認めているものである。そして、行政不服審査法四一条一項は、審査請求についての裁決には理由を附記すべき旨規定し、同法四八条は右規定を異議申立についての決定に準用すべき旨定めているから、本件の如く原処分に対する異議申立と審査請求の二段階の不服申立方法を必らず経なくてはならぬ場合には、異議申立についての決定および審査請求についての裁決には、それぞれ法所定の要件を充たした理由を附記すべきものと言わなければならないものである。右各法条が異議申立についての決定、審査請求についての裁決に理由を附記すべきものとしたのは、決定庁又は裁決庁の判断の慎重、公正を保障すると共に、不服申立人をして決定庁又は裁決庁の判断に到達した理由を了知させて不服申立の当否について更に再考する機会を与えると共に、さらに不服事由のあるとき訴訟で争うものについては、争点を明確にさせる趣旨に出たものである。

したがつて、異議申立についての決定の附記理由が法所定の要件を充たしていないときは、該決定自体が公正、慎重になされたものとは言えず、決定がなした判断が附記理由に反映していないことは、とりもなおさず原処分についての審査が充分に尽されていないことを証明するものであつて、前記不服審査法四八条、四一条一項の立法趣旨に悖るものであり、該決定固有の瑕疵に該るものであつて、それ自体違法な決定と言うべきである。

そして、異議申立についての決定の理由附記の不備は決定固有の違法として取消原因になるのであるから、たとえ、その後になされた審査請求についての裁決において法所定の要件を充たした理由が附記されているとしても、そのことは異議棄却決定自体に有する前記瑕疵を当然に治癒するものではないと言うべきである。

三、原判決は、異議申立についての決定が判決で取消されても原処分を相当として異議を棄却した決定の結論自体はこれを変更する要はなく、もつぱらその結論に至つた理由の記裁を法の要求する程度に、より詳細なものに改めることを要するにすぎないと言うけれども、異議申立ては原処分を不服とする者の行政上の争訟手続として独自の制度であり、且つ、異議申立についての決定の附記理由は、前述のように異議申立人をして決定庁が原処分の当否の判断に到達した理由と根拠を了知せしめるに足る程度に明示することを要求されているものであるから、異議決定庁が改めてなす決定に法所定の要件を充足した理由を附記するためには、原処分の当否にまで立入つて審査しなくては到底よくなしうるところではない筈である。異議申立についての決定の結論と理由とはまさに相関関係にあつて、その理由の不備は結論の当否にまで影響することは、たとえば判決の理由不備の違法が直ちに判決の理由不備の破棄又は取消変更の事由になつている一事をとつても明らかであり、結論は動かさずにその理由のみ充分な内容に附記しなおせるということは機械的な認識というべく、経験法則にも合致しないものである。

而して、本件異議申立についての決定が理由附記の不備の違法を理由に判決によつて取消されることにより、上告人は被上告人によつて再度原処分の当否についての審理と判断を受け、場合によつては、その取消し又は変更の決定を受け得る機会があるものであるから、本件訴が法律上の利益を有することは明らかだと言わねばならない。

四、原判決は、異議申立についての決定の理由附記の不備が該決定自体の固有の瑕疵であることを容易に認めず、上級庁である審査庁の裁決で同一の結論が出れば、上級庁で是認されたものとして判断の慎重・公正が担保されたと言えるというのであるが、異議申立についての決定庁と審査庁とで同一の棄却の結論が出されたとしても、その判断に到達する理由、根拠までが同一であるとは到底言えず、裁決の附記理由で決定の附記理由に替えることは全くできないことである。

前述のように、本件原処分のような国税に関する処分に二段階の不服申立方法を制度化して、その何れの段階をも必らず経なくてはならないことを原則とした所以は、行政組織の面では下級庁であつても、不服申立のあるときは原処分をなした庁としてより具体的に原処分の当否を審理できる立場にあることから、独自に心理して判断し、その結論と結論に到達した理由と根拠を不服申立人に充分了知せしめ、再度不服申立をするか否かを考慮する機会を与えると共に、更に訴訟で争う場合にはその争点を明確にさせることに出たものであつて、それ自体独自の不服申立制度なのである。本来異議申立についての決定の理由の附記は、後の審査請求の裁決以前に明確にされていなくてはならないものであつて、後の裁決の理由の如何で異議申立についての決定の瑕疵がなくなる(治癒される)いわれは全くない筈である。しかも、異議申立の決定が棄却であるときにのみ審査請求がなされ、その裁決がまたしても棄却であるときにのみ附記理由の程度が問題とされる実益があるもの(異議申立の決定が取消決定であれば後の審査請求は問題にならないし、審査請求で取決裁決がされゝば本件の如き訴の実益は全くなくなつてしまうのであるから)であり、且つ、決定や裁決の理由の附記が不備であるかどうかが充分吟味されなくてはならないのは、正に不服申立人の不服事由を排斥した場合であり、この場合にこそその判断の理由と根拠を充分了知させなくてはならない必要性が何にもまして存在するものである。従つて、原判決のように異議申立についての決定の棄却の結論と審査請求についての裁決の棄却の結論とが一致したら裁決庁である上級庁によつてその結論が是認されたから、慎重公正さは担保されたと結論づけることは、全くのトートロギーだと言わねばならない。

五、しかも、前述のように国税通則法七六条、七九条が異議申立と審査請求の二段階の不服申立て方法を彩り、その決定、裁決の何れについても行政不服審査法四八条、四一条一項によつて理由の附記を要求し、その附記理由が決定、裁決の最も重要な要素となつているものであるから、原判決のように異議申立についての決定の附記理由の程度が充分でなくても、審査請求の裁決の附記理由があればよいと言うことになると、不服申立人の異議申立の権利と利益を実質的に奪うことになるのである。

原判決は、前記のとおり、上告人は裁決の附記理由から容易に本件決定の理由を推測できると思われるから、本件決定の理由附記の瑕疵を理由にその取消しを訴求できない旨判示しているが、上述のように決定と裁決の結論が一致すればその理由も一致していると解することは論理法則の初歩的原則にも悖るものであると共に、裁決の附記理由から本件決定の理由を推測できるとの独断は、事実に反するばかりでなく、本件決定自体の理由附記の意義を蹂躪し、上告人にその判断に到達した理由と根拠を本件決定の附記理由自体から了知させることを真向から否定したものであつて、行政不服審査法四八条、四一条一項に違背した論旨であることは明らかである。

六、又、原判決は、取消判決がなくても被上告人は原処分庁として本件原処分の取消変更ができるから、原処分の取消変更の可能性があると言うことは本件決定の判決の取消の有無には関係ないと判示するが、被上告人が原処分庁としての本来の権限にもとづいて本件原処分の取消、変更をなしうるとは言つても、本件の如き所得税額等の更正処分のように大量にしかも広範囲になされる処分にあつては、既に審査庁において棄却の裁決がなされているときは、被上告人が自らすゝんで原処分の当否について再考を加えることを期待することは皆無に等しいことであるから、本件決定が理由附記の不備を理由として判決によつて取消されるとすれば、被上告人は改めて法所定の要件を充足した理由を附記した決定をなすことを義務づけられ、法所定の要件を充たした決定をなすためには本件原処分の当否についての判断についてより慎重、適正になされるものであり、且つ、前述のように、本件原処分の当否について再度検討することなしには法所定の要件を理由を具備した附記した決定をすることは容易になしえぬことは明らかであるから、取消判決のあつた場合は取消判決のない場合に比し、被上告人が本件原処分の取消又は変更をなす機会がないとは言えないのであり、この点からも、上告人に訴の利益がないとは言えないのである。

七、尚、異議棄却決定が判決によつて取消された場合には、異議決定庁は、行政事件訴訟法三三条二項の規定により、取消判決の趣旨に従い、あらためて異議申立てについて決定をしなおさなくてはならないのであるが、この場合すでに審査請求について棄却の裁決がなされていても、行政不服審査法四三条によれば棄却の裁決には下級行政庁を拘束する効力はないと解すべきであるから、異議決定庁は改めて異議申立てについての決定をなすに当り、棄却の裁決に拘束されることなく原処分の当否の点について判断することは勿論、原処分について不当の点のあるときはその取消し又は変更をなしうるものである。被上告人は原審において、裁決の拘束力は棄却の裁決の場合にも存在する旨主張しているが、棄却裁決は、単に原処分に違法が存在しないことを確認し宣言するに止まるものであつて、拘束力を問題にする余地は全くないのである。もし、被上告人の主張の如き拘束力を認めると、更生処分や賦課決定のように処分庁が税務署長に特定されている国税に関する処分の場合(その他の処分の場合でも)、その処分の理由や根拠が全て後の裁決の理由によつて拘束され、実態と全く乖離したものになつてしまうことになる。裁決の拘束力は、取消裁決など原処分の取消変更がなされたとき、その裁決の趣旨に従つた処分を下級処分庁にさせる点にその意義と効果があるものと言うべきである。

したがつて、本件訴において本件異議申立てについての決定が取消されても、被上告人は、独自に、先の裁決に拘束されることなく再度審理判断できるものである。

以上のとおり、原判決には、行政不服審査法四八条、四一条一項の解釈適用の誤りと共に、訴の利益の判断についても違法があると言わねばならない。

第二、判例違反

一、原判決は、最高裁判所昭和三八年五月三一日第二小法廷判決(同庁昭和三六年(オ)第八四号所得税青色審査決定処分等取消請求事件)、および最高裁判所昭和三七年一二月二六日第二小法廷判決(同庁昭和三六年(オ)第四〇九号青色申告提出承認取消等事件)の判示事項にも違背している。

右の二つの判決のうち、前者は所得税青色申告に対する更正の理由附記につき、後者は旧法人税法三五条五項の審査決の理由附記に関するものであるが、前者の判決は、更正の理由附記の不備の違法はそれ自体更正の瑕疵として取消原因になるとして、行政処分に理由附記を法が要求する場合は、それが訓示規定ではなく効力規定として、その理由附記の不備は処分固有の瑕疵の問題とされなくてはならぬことを説示し、後者の判決は、審査決定の附記理由はその審査決定書自体で明瞭に了知されなくてはならず、他の文書や機会にその理由を推知できる場合であると否とに関りないと判示して、他の資料によつて附記理由の内容が補完されてはならない旨明らかにしている。

二、しかるに、原判決は、本件異議申立てについての決定後の審査請求の裁決の理由によつて本件決定の理由を推測できるとして、後の裁決の理由によつて本件決定の理由の補完を認める判断をしているのである。

このことは、前記各判決の理由附記の不備の違法がその行政行為自体の固有の瑕疵として取消原因になる旨の判示事項と、他の文書や資料や機会にその理由を推知できると否とに関りなく、当該行政行為の附記理由の程度自体で違法の有無を判断すべきであるとの判示事項を全く無視し蹂躪し、全し異つた判断をしていることは明らかである。

三、なお、前記昭和三八年五月三一日付判決は、「審査の請求を棄却する場合には、その決定通知書の記載が当初の更正処分通知書または再調査棄却決定通知書の理由と相俟つて原処分を正当とする理由を明らかにすれば足りるというべきである」旨判示しているが、この判示事項は本件とは何らの関連がないこと明白である。右判示部分は、要するに、既に先行する行政行為の附記理でその内容が明らかになつていることに、後の審査請求の決定通知書(現在の裁決に相当する)の附記理由を加えれば充分理解できる場合を言つているのであつて、本件のように、上告人は白色申告者であるから、更正通知書に理由の附記はないから更正の理由を知る由もなく、又、本件決定書の附記理由は原判決認定のとおりであつて、先行する更正通知書記載の理由と相俟つて本件決定書の附記理由が明らかになつているものではないのである。

四、以上のとおり、原判決は既に先例的判決となつている前記各判決の判示事項とも異る判断をしているのであるから、いつそう法令の解釈・適用に誤りのあること明らかである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例